剣のまほろば4玄冬
「おお、久しぶりだのう、噂はきいておるぞ白井、武者修行では無敗だったそうだのう」
そう和かに笑っていたのはすでに、中西道場の筆頭を譲り渡した寺田宗有であった。
「実はお願いがあって来ました。」
「ああ、早速立ち会おうかのう。」
(白井は驚いた、なにも話していないのに自分の悩みを見透かされていたからだ)
10代のとき何度か寺田の試合は見た事があった、いつも仕掛けたほうが微塵も動けず大量の汗を噴き出し顔面蒼白で下がっているのを目撃していた、しかし打ちまくったり気絶させたり、そんなことは一度も無かった、同じ道場の高柳又四郎と違い、わかりにくい強さであったのだ。
あまりのわかりにくさに血気盛んな若者が「麒麟の老いたるは駑馬にも劣る」などとわざと
聞こえるような声で話していた、もちろん一刀流中西道場筆頭寺田宗有のことである。
「では稽古をつけてやろう、その方は竹刀と面をつけられよ、それがしはこれにてお相手いたす。」と白樫の木刀を手にした。
「一手お願いいたしまぁす。」丁寧だが、語気には嘲るような軽い口調が感じられた。
指名された若者は先の撃剣大会では六人抜きで優勝した腕自慢であり佐々木小次郎の遠縁に当たるとかで同じく長尺の竹刀を振り回していた。
新しい門弟から見ると初老の師範が防具無しで立ち会いをすることにびっくりして、止めるか止めまいかうろたえていた。
しかしいざ始まってみると、佐々木なにがしは数分で呼吸困難に陥っていた、なにせ自分が面を打とうと思った瞬間「面にくれば返しの胴を撃つ!」また小手に行こうと思えば切り落として突くぞ!」次々と技を当てられやることが無くなってしまった、まるで心の読める妖怪サトリである。
また後日談によれば「もう、神仏か鬼のたぐいなり、木刀から火炎の如き陽炎がでて迫りくるのであわてて打とうと思えば全ての技を見透かされご丁寧に返し技まで告げられるしまつでござる、手に負えぬどころかこの世のもので無し。」とまで恐られていた。
白井は思った「まさか、いまや武者修行無敗、門弟三百人、無敵の八寸延金を考案した自分まで手も足も出ないなどということはあるまい。」と。
だが、結果は佐々木なにがしと全く同じ結果であった。
あまりのことに即日入門し、天真一刀流の修行に入ることをきめた。
以下は具体的な修行法を記しておく。
まずは肩の砕き、整体の一種で僧帽筋を崩し身体の歪みを無くす方法であった。
意識が身体をつくるが、余りに固まった筋肉は意識することすら不可能になる、いっそ物理的に崩すほうがコツが掴みやすい、また歪んだ身体で鉛直落下等の操作は困難をきわめる、身体を整えるのも上達への道である。
さらに練丹の法、寺田も最も重要な鍛錬としてあげており自身も練り込んだ気が溢れ返り天地に届くようになり天真に気が貫通して大悟を得たという、やり方はいくつかあり、どれもこれも己の気を充満させ天地の気を取り込み溢れさせるというものであった。
上下に身体を揺さぶるように地球の中心に向かって軽く連続で跳ぶ。
身体を垂直にそして、地球の芯に向かって中心軸を鉛直に下ろすような四股を踏む。https://youtu.be/RausvH4Kh2U
己が肉体の構成物質を自在に変容させるためのコントロール法として軟酥の法を修める。
また精神は即肉体に影響するとして、食事や睡眠についても事細かな指導を受けていく事となる。
寺田の修行法は身体操作、精神修養、呼吸法、密教、神仙道、陰陽術にまで及び苛烈を極めたが実は白井は不必要な物は削ぎ落とし、必要なものをことごとく修得、ついには寺田をも凌ぐ剣術を体現しはじめたのである。